Mag-log in実の家族に虐げられ、希望も見えぬ日々を送っていた王女アイリス。彼女はある日、百年の盟約を果たすための生贄として、恐ろしいと噂される「冥府の国」へ送られることが決まってしまう。 それは事実上の死刑宣告であり、アイリスは深い絶望に突き落とされる。 しかし、死をも覚悟して辿り着いた冥府の国で彼女を待っていたのは、冷酷な運命ではなかった。そこで出会ったのは、美しくも謎に包まれた冥府の国の王子。彼から注がれるのは、アイリスが生まれて初めて知る、戸惑うほどに甘く、そして激しい「予想外の溺愛」だった──。 これは、虐げられた王女が絶望の淵から、冥府の王子に愛され、本当の幸せを見つけていく物語。
view more「ふんふん、ふーん」 カイルは一人、城の地下へと続く階段を降りていた。ジェームズが向かったであろう書斎や、リリーが感じ取る魂の残響など、彼は信じない。物事の真実は、いつだって埃と瓦礫の下に眠っているものだ。それが元騎士である、彼の現実的な哲学だった。「やれやれ、この城も主と同じで古ぼけてやがる。何千年ものの骨董城なんだ?ここは」地下はひどく湿っぽく、黴と古い土の匂いがした。壁からは水が染み出し、床には幽霊蜘蛛の巣が、びっしりと張られている。「おっと失礼。スケスケ蜘蛛のお嬢さん方。こんな薄汚いとこに住んでると美容に悪いぜ?まあ俺ほどの名物件な、らどこにいたって輝いちまうけどな」カイルはそんな光景に、心底うんざりした顔で悪態をついた。「しっかし、こんなじめじめした場所は、気分まで滅入る。俺のこの国宝級の顔が、さらに腐っちまうだろ。しょうがねえ。俺様の美声でこの陰気な城を少しは清めてやるか」彼はそう言うと、どこで覚えたのか陽気な酒場の歌を、鼻歌で歌い始めた。その場違いに明るい旋律が、薄暗く静まり返った地下通路に虚しく響き渡る。彼は腐って開かなくなった扉を、容赦なく蹴破りながら進む。「はーっ!いちいち扉が腐ってやがる。あの引きこもり公爵は、城の手入れって言葉を知らねえのかね。まあおかげで、俺の騎士時代のキックが錆びてねえって証明にはなるか」彼は瓦礫の山をかき分けながら、独り言を続ける。「どれもこれもガラクタばかりだな。こんなもん大事に溜め込んでるから、心までカビが生えるんだ」そうやって軽口を叩き続けながらも、彼の目はただ一つの価値ある手掛かりを見つけ出すため鋭く、そして冷静に輝いていた。カイルは次に、城の厨房へと足を踏み入れた。そこは巨大な石窯がある、だだっ広い空間だった。しかし、何百年も火が入れられていないのだろうその窯は、ひやりと冷たく
(これ、は──)リリーの意識は、眩い光に包まれた。それは冥府の国で、は決して見ることのできない、生命力に満ちた太陽の光。彼女が見ている光景は、、生者の世界の美しい庭園だった。色とりどりの花が咲き乱れ、小鳥たちの歌声が響き渡り、風は花の甘い香りを運んでくる。(これは、誰かの心象風景……?きっとそうだわ。誰かに忘却された、悲しい記憶の欠片……)その庭園の木陰で、ま若き麗しい青年が愛用の竪琴を奏でていた。その表情は穏やかで、喜びに満ちている。彼の前には、一人の美しい女性が座り、その旋律にうっとりと耳を傾けていた。「その音色、とても素敵ね。でも、もう少しだけ……そう、春の最初の蝶が舞うような、軽やかさが欲しいわ」女性が楽しげにそう言うと青年は優しく笑った。「春の最初の蝶が舞うような軽やかさ……うーん、君はいつも難しい注文をするね。まぁいいさ。やってみよう」青年が奏でる、軽やかな旋律。その音色に、リリーははっとした。(こ、この旋律は……!)間違いない。これは城で絶えず流れている、あの物悲しい旋律。でも違う。全く違う。この記憶の中で奏でられる歌は、悲しみの響きなど、微塵も帯びていない。それは愛する人への喜びと、未来への希望に満ちた、明るく優しい恋の歌だった。青年は竪琴を奏で終えると、満足げに微笑んだ。「どうだろう、エララ。今の旋律は。君の言う春の蝶のように聞こえたかい」エララと呼ばれた女性は、楽しそうに悪戯っぽく笑う。「ふふ、そうですね。蝶というよりは、少し慌てん坊の蜂さんのようでした」「蜂か。それは手厳しいな」
ジェームズとカイルがそれぞれの調査へと向かった後、リリーは一人城の静かな回廊に佇んでいた。「うーん、このお城、とっても古いですわ……私よりも……あれ、私って何歳でしたっけ?」 彼女の目的、は文献や物理的な証拠ではない。この城の石の一つ一つに染み込んだ、公爵の魂の痕跡、そのものを辿ること。それができるのは、幽霊である彼女ただ一人だった。リリーは、アイリスのあの悲しげな、しかし決意に満ちた瞳を思い出す。「姫様のためにも頑張らなくては!」彼女はそう小さく呟くと、そっとその半透明の目を閉じた。そして意識を研ぎ澄まし、この城に渦巻く感情の流れに耳を澄ませる。「とてもたくさんの野良幽霊が、住み着いてますわ……」怒り、後悔、諦念、そして深い悲しみ……。無数の感情の残響が、彼女の魂に流れ込んでくる。しかしその中でもひときわ強くそ、して複雑に絡み合った想いを放つ場所があった。それはやはり、あの未完の旋律が、永遠に響き続ける音楽室。リリーは目を開けると、迷うことなくその場所へと、ふわりと漂い始めた。そして、天井をすり抜け、壁をすり抜け、色々とすり抜けること少し。無事、音楽室に着いたリリーは、音楽室の最も奥に置かれた、巨大なピアノの前に立った。「とても立派なピアノですこと……」黒檀と骨で作られたその荘厳な楽器からは、他のどの楽器よりも強く、深い感情の残滓が放たれている。彼女はおずおずと、その半透明の手を伸ばし、そっと鍵盤に触れた。すると、ピアノの側面が音もなく滑らかに開き、中から一つの隠された引き出しが現れた。「こ……これは!?」その引き出しの中に、ただ一冊だけ、古びた楽譜が眠っていた。
落下するジェームズ。ガシャンという派手な音を立てて、ジェームズは石の床に叩きつけられた。その衝撃で彼の骨の身体は、無惨にもバラバラになってしまう。「痛たた……わたしの気品あるボディが、あちこち外れてしまったではないか。ああ、我が麗しの肋骨が一本足りぬ……」彼は暗闇の中で、自分の骨を探しながら、情けない声でそう愚痴をこぼした。やがてジェームズは、なんとか自らの身体を組み立て直し、立ち上がる。そして自分の眼窩から放たれる青白い光を頼りに周囲を見渡した。「ううむ……ここは……?」そこは下室だった。空気はひどく乾燥し、何千年もの間積もったであろう、分厚い埃が全てを覆っている。壁には色褪せた古い星図がかけられ、腐りかけた木の机の上には、用途の分からぬ奇妙な道具が並んでいた。「かなり古い場所のようだが……」そして部、屋の奥には石でできた棚があり、そこには風化しかけた無数の巻物が眠っている。ここは間違いなく、何千年もの間、誰一人として足を踏み入れていない場所だった。ジェームズはその光景に息を呑む。「……!ここは……まさか古代の書庫か?オルフェウス公が心を閉ざされるよりずっと昔の……」彼は自らの失態が、とんでもない発見に繋がったことを悟り、興奮にその骨の身体を震わせる。「な、なにか手掛かりが見つかるかもしれん!これは好機!公爵には悪いが、調べさせていただこう!」ジェームズは慎重に、そして丁寧に古代の書庫を調べ始めた。しかし、何千年という時の重みはあまりに過酷だった。「うぅむ、脆い……流石に
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